「N/A(エヌエー)」(年森 瑛 文藝春秋)
第167回芥川賞の候補作。年森瑛(としもりあきら)さんは、この作品で文學会新人賞を受賞している。
女子高生のまどかは、中学生のときから食事を制限している。
低体重の体系になっていることを母親や先生から心配される。
勝手に拒食症と決めつけられて発せられる言葉にまどかは違和感を感じ、その心に届くことはない。
『…保健室だよりの見出しが目に入った。
「低体重は月経が止まる危険性があります」「『将来のために過度なダイエットはやめましょう」
その日の夜から炭水化物を抜くのが始まった』
『恐らく母が相談したのだろう、呼び出された保健室でも、先生による、丸っこくてやさしい言葉がまどかの表面を転がっていった。
…まどかは、ただ股から血が出るのが嫌なだけで、みんなのように嫌々言いつつも毎月やり過ごすことができなかっただけで、美しいとか、汚いとかは、どうでも良かった』
女子高生のまどかは、「かけがえのない他人」がほしいと思っている。
どんなことをしていてもきらめいて見えるような、代替不可能な関係をまどかはそう名付けた。
小学校を卒業する間近に告白されて付き合った男の子は、「かけがえのない他人」ではなかった。
『彼氏になった子は、まどかが仲のいい男の友だちと話すと明確に嫉妬を見せるようになった。友だちの上に恋人、その上に家族という三角形があり、まどかと友だちの仲の良さのゲージが貯まると恋人の座を奪われると思っていたようで、彼が燃やした嫉妬心でまどかの産毛は焦げた。
まどかの想像するかけがえのない他人は、重要度のヒエラルキーの中にはいない特別枠だから、独占する必要も、嫉妬する必要もなかった』
高校生になって、教育実習生でやってきていたうみちゃんと知り合い、付き合わないかと誘われた。
まどかは、ぐりとぐら、がまくんとかえるくんのように同性の関係なら「かけがえのない他人」に近づけるかもしれないと思い、お試しで付き合うことにした。
それも「かけがえのない他人」の関係ではなかった
『かけがえのない他人ほしさにうみちゃんと付き合ってみただけだった。それでLGBTの人で固定されてしまった。同性との恋愛関係を望む人になってしまった。
…本当はどの属性にもふさわしくないのに』
年森さんは、この作品に「N/A(エヌエー)」というタイトルを付けた。
N/Aは、not applicable=「該当なし」の意。
生理によって「女」となり、低体重で「拒食症」と決めつけられ、異性と付き合うことで「恋人」にはめ込まれ、女性と付き合うことで「LGBT」の仲間とされる。
まどかは、どれにも自分を感じることができない。
そんなまどかを理解してくれる「かけがえのない他人」を探し続けている。
それは「自分探し」でもある。
リアルな世界でも、SNSの世界でも、慎重に言葉を選びながら生きる人々の姿も透けて見える。
他人との距離に心を消耗させながら、自分探しを続けていくのだろう。
そして、いつかだれかにその自分をわかってもらえるかもしれない。
ぐりとぐら、がまくんとかえるくんのような関係はどう作ればいいのだろうか?
いつか「かけがえのない自分」を見つけ、自分らしく生きることができるといい。
そして「かけがえのない他人」がたったひとりでも見つかるといい。